『ケース・スタディの方法 』第1章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter1, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第1章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディは社会科学調査のいくつかある方法のうちの一つにすぎない。
社会科学調査法は、ケース・スタディの他にも、実験、調査、資料分析、歴史などの方法がある。そして、これらの調査法はそれぞれに長所と短所を持ち、それぞれに異なる様々な特徴を持っている。
このうち、以下では特にケース・スタディを取り上げて説明するが、社会調査法の一つとしてのケース・スタディは以下のような特徴を持っている。
この調査法は、第1にある現象と文脈の境界が明確でない場合に、その現実の文脈の中で起こる事象がどのようであるかということをありのままに記述することに適している。
第2に現実の諸現象間の因果関係を説明し、ある現象が特定の文脈の中でなぜ発生したのかということを説明することに適している。
第3に文脈に依存する現象を説明するために必要となる変数を予め制御しておく必要がないことに特徴がある。実験などの調査法を用いて諸現象間の因果関係を説明する場合には、その現象を説明するために必要な変数を予め制御することによって、扱う変数をごく少量に抑えた研究の設計をするが、ケース・スタディにおいては多くの変数を同時に扱うことが可能である。
第4にある現象を説明するために必要となる変数が全て出そろっていない場合には、三角測量的な手法や、既に確立した理論や大前提等を用いた演繹的な手法を用いて不足する変数などを導き出せる点に特徴がある。
第5に現実の文脈における現在の事象に焦点がある場合にケース・スタディは適している。ケース・スタディは文脈に依存する現象を記述したり、説明したりすると言う意味では歴史研究に似たところが多い。しかし、歴史が扱うのは過去の事象であり、現在の事象ではない。
ケース・スタディにはこのような特徴がある。
もっとも、特定の研究において唯一無二の調査方法が明確に確定することはほとんどない。実際にはこれらの調査方法は多元的に考慮する必要がある。こうした調査方法は多くの場合かなり重複する部分があるとともに、またその一方で完全に理想的な調査方法が存在しない場合もある。さらに、ある調査法よりも実際には別の調査法を用いた方が有益な結果を得ることが期待できるといった調査方法の選択の誤りが存在している場合も多い。
したがって、ある調査を行おうと考える場合には、社会調査法としての、実験、調査、資料分析、歴史、ケース・スタディなどのそれぞれの方法の違いをきちんと理解し、調査に適した方法が選択できるように、これらの調査法を多元的に捉え、より理想的な調査法を選択できるようになるべきである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉