『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』

Delanty, Gerard. (2002) Community, Routledge.(山之内靖・伊藤茂訳『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』, NTT出版, 2006.)

【要約】
近代世界において個人は寄る辺ない不安定化する世界の中に置かれ、そうした個人はくつろいだ気分になれる心地よい世界であるコミュニティを強く求める。
コミュニティは個人に対して不安定な世界の中での対話的な帰属の経験を与える。ここでいう帰属とは、不安定で、流動的で、非常に開放的で、高度に個人化された集団の中で表現される対話的な帰属である。
今日のコミュニティは、コミュニケーションの方式に基づく新たな形の帰属を受け入れるようになっている。こうしたコミュニティはモダニティの産物であり、個人主義や一定の柔軟性を前提としている。
現代のコミュニティの形態は多様であり、基本的に抽象的あるいは想像されたものであって、対話的な構造のかたちで表現されている。このコミュニティは人々に対して、不安定な世界における帰属感覚を提供する一方で、コミュニティ
は断片化・多元化し、人々に対して永続的な帰属形態を提供することができない。
つまり、コミュニティは人々に帰属の感覚を提供することで、寄る辺なさや不安定の経験に対する中和剤となっているが、その一方で、こうしたコミュニティは人々に対して単なる心地のよい幻想を提供しているにすぎないことが多い。
コミュニティはこれまでのところ場所に代わるものとはなっていない.コミュニティが幻想としてではなく、きちんとした場所との結びつきを確立できるか否かということが、将来のコミュニティ研究にとっての重要なテーマとなるだろう。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『新訳 経営者の役割 』

Barnard, Chester I. The Functions of the Executive, Harvard University Press, 1938.(邦訳:山本安次郎・田杉競・飯野春樹『新訳 経営者の役割 』ダイヤモンド社,1956年.)

【要約】
・組織の要素
組織の要素は(1)伝達、(2)貢献意欲、(3)共通目的である。
組織は、(1)伝達することで個人の行動を共通目的の達成に向かわせることができる、(2)個人の負担よりも大きな誘因を与えることで個人の貢献意欲を引き出すことができる、(3)組織は目的を持つことで、目的の達成に必要な個人の努力や誘因を予測することができる。
・有効性と能率
組織が存続するためには、有効性または能率のいずれかが必要である。
有効性とは組織の目的の達成度合いであり、能率とは貢献者が得る満足の度合いである。
・公式組織と非公式組織
組織は公式組織と非公式組織に分けることができる。公式組織は意識的であるが、非公式組織は無意識な社会過程から成り立っている。
公式組織とは、意識的で、計画的で、目的を持つような人々相互間の協働がなされる組織のことであり、公式組織においては非公式組織が3つの機能を担う。(1)伝達機能、(2)貢献意欲と客観的権威の安定を調整することによって公式組織の凝集性を維持する機能、(3)自律的人格保持の感覚、自尊心および自主的選択力を維持する機能が、それである。
・公式組織における管理者
公式組織において管理者は、具体的行動において矛盾する諸力の統合を促進し、対立する諸力を調整する。これらの諸力は、組織に対して利用可能な素材を提供するとともに、その活動を制約する。ここで制約とは、ある状況において変更できそうな要因のことを指し、この要因に変更を加えることで制約は克服できる。管理者のもとで組織がある要因に変更を加えれば環境が変わり、制約が克服される。しかし、変更を加えられた環境は、組織にとっての新たな制約となる。協働が安定的なものとなるか、あるいは永続的なものとなるかは、組織が物的、生物的、社会的な素材、要素、諸力からなる環境が不断に変動するなかで、管理者がいかにその組織の内的な諸過程を再調整し、複雑な性格の均衡を確保する職務の優劣による。
・目的の達成
組織の目的を成し遂げるためには、目的を分割することや、分割された目的を適切な順序で達成することが必要になる。そして、目的が適切に分割されれば、分割された目的を成し遂げることが、最終目的を達成するための手段となる。
・貢献と誘因
個人は貢献によって得られる誘因が負担よりも大きい時に、組織に貢献する。したがって、個人から組織に対する貢献を引き出すためには、誘因を増大させるか、負担を軽減させることが必要になる。組織が必要とする個人の貢献にふさわしい誘因を与えることができなければ、組織は存続することができない。そこで、必要とされるのが、組織が提供しうる誘因が適当となるように個人の欲望を説得によって改変することである。
・権威の受容
個人に対する権威を確立するためには、個人の同意が必要になる。ただし、個人は個別の状況において権威に同意するか否かを判断しているわけではない。個人には「無関心圏」というものが存在しており、個人はその圏内では権威の有無を意識的に反問するとこなく、それを受容するのである。
・組織の管理プロセス
組織の管理プロセスが適切であるか否かは、組織の目的が有効な手段を用いて、能率的に達成されたか否かということに関わる問題である。
このうち、管理プロセスの有効性は、最終目的を達成するために全体情況のもとで選択された手段が適切か否かということであり、管理プロセスの能率は、組織活動を引き出すに十分なほどの個人の動機を満足させて、組織の活動の均衡を維持することである。組織は全体の均衡を保つために、組織外に様々な効用を分配しながら、組織内に余剰を生みだす調整を実現する。そして、こうしたバランスが保てることに成功しているか否かによって、組織の管理プロセスの効率性は判別することが可能になるのである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『感染地図ー歴史を変えた未知の病原体』

Johnson,Steven,THE GHOST MAP:The Story of London’s Most Terrifying Epidemic-and How It Changed Science,Cities,and the Modern World, Riverhaed Books, 2006.(邦訳:矢野真千子『感染地図ー歴史を変えた未知の病原体』河出書房新社,2007年.)

【要約】
コレラの感染ルートについては、1848年の時点で、大きく伝染説と瘴気説の2つの陣営に分かれていた。
伝染説は人を介してうつるという概念で、瘴気説は病毒を含んだ悪臭によってうつるという概念だった。
医師のスノーは早い段階コレラは空気ともに吸い込んでうつる病気ではなく、水などを飲み込むことによってうつる病気だということに気がついていた。
スノーは井戸水とコレラの因果関係を証明するための証拠を固めることに奔走した。特に、瘴気説論者の井戸周辺に毒気がたまっているという主張を覆すために、瘴気説で考えれば確実に死者が出るはずの場所で生存者を見つけ出し、瘴気説では生存しているはずの地域で死者を見つけ出すことに注力した。
スノーは事例を特定するために、人々の都市生活パターンを徹底的に観察した。彼は人々が集中しているにもかかわらず死者数が少ないエリアには、水の代わりにビールを飲む醸造所が存在し、そもそも井戸水を利用していない施設が存在することを特定した。さらに彼は、見た目も良く臭いもない井戸水を持ち帰ってまで利用する人々が存在することも特定した。
ただし、こうした事例が存在するにも関わらずスノーの主張に疑問を抱く者も多かった。その内の一人が教会の副牧師のホワイトヘッドである。彼は井戸水を大量に飲んだにも関わらず生存している人々の存在を確認しており、スノーの主張する飲料水媒介説に疑念を持っていた。
ホワイトヘッドは自らの聞き取り調査の中で井戸水の中の細菌がある日まで急激に増加し、その後その細菌が死滅したと思われるような事例を特定していたが、それでもホワイトヘッドはスノーの主張にはまだ納得していなかった。なぜなら、スノーの主張ではそもそもなぜ井戸水の中に細菌が入り込んだのかということを説明できなかったからだ。
しかし、井戸水に細菌が入り込んだ原因については、ホワイトヘッド自身の聞き取り調査によって明らかになった。具体的には、ごく弱いコレラに感染した赤ん坊の汚れたおしめをその母親がバケツの水で洗い、その水を家の正面側の地下にある汚水溜めに捨てたことがきっかけとなり、その汚水溜めから漏れ出した水が井戸にまで浸食することによって井戸の中でコレラ菌が急激に繁殖し、この井戸水を飲んだ人々が次々に亡くなっていくことになったのである。
こうして感染症の発生後からスノー医師が主張していたコレラの感染ルートとして飲料水媒介説の正しさが証明され、この説に当初は反対していたホワイトヘッド副牧師もスノーの主張に反論するための証拠を収集している過程で自らの主張の過ちに気がつき、スノーの主張の正しさを証明するために一役買うことになった。
この結果、コレラ菌の発生源となっていた井戸水を汲み取るためのポンプの柄が取り外される決定が下された。
こうしてコレラの猛威はおさまったが、スノー医師の主張は公衆衛生局やコレラ調査委員会に完全に支持されることはなかった。彼らは自らが支持する瘴気説にこだわり、スノー医師、さらにはホワイトヘッド副牧師が証明した飲料水媒介説に聞く耳を持たなかったのである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科

『経営学 』

小倉昌男経営学 』日経BP社,1999年.

【要約】
宅急便事業を成功させるためには、「サービスが先、利益は後」という発想が必要である。
なぜなら、宅急便事業においては、サービスを向上して、郵便小包との差別化を図らなければ、利益の上がる事業にはならないからである。
また、この事業においては、「社員が先、荷物は後」「車が先、荷物は後」というモットーも必要になる。
なぜなら、市場のニーズに合わせて社員や車の数を揃えるのではなく、予め社員や車の台数を増やしておき、サービス水準を上げることが顧客の潜在需要を開拓することになるからである。
宅急便が収益を上げるためには、車一台あたり、社員一人あたりが扱う荷物の量が増える必要がある。そして、この取り扱い荷物の量を増やすためには、サービスの差別化だけが考えられる手法である。したがって、事業が赤字を脱却するまでは、収支のことは議論せずに、サービスレベルだけを問題とすることが必要である。
また、個人の荷物を輸送する場合には、商業貨物の輸送とは異なった方法で事業を行うことが必要になる。
商業貨物の場合には、午前中に貨物を配達し、午後に出荷される貨物を集荷する一日一回のパターンで良いが、個人の多様なニーズに対応するためには、この荷物の集配と運行のサイクルを一日二回にする方が良い。また、継続的な取引を前提とする商業貨物の輸送とは違って、宅急便においては、日々車をその地域に走らせ、宣伝し、地元の人々に荷物を出そうという気になってもらうことが必要である。
さらに、安全で効率的な業務を実現する上でも、「サービスが先、利益は後」というような優先順位を決断し表現することは必要である。安全も能率も、どちらもしっかりとやれと言っていると、結局どちらも中途半端になってしまう。しかし、「安全第一、能率第二」、「安全第一、営業第二」というように優先順位をつけて示すことで、本当に大切なことが何なのかが明確になる。
会社の社長は、会社の現状を正しく分析し、何を重点的に取り上げなければならないかを選択し、それを論理的に説明すること、つまり戦略的思考をすることが必要である。

慶應義塾大学総合政策学部 川村真哉

ケースライティングハンドブック

高木晴夫監修『日本版ケースライティングハンドブック』株式会社テレコンサービス, 2007.
http://www.casecenter.jp/ccj_user/main/other/guide_book.aspx
【要約】
・教育ケースとケーススタディ
教育ケースとは、個々の場合における、それぞれの事実を教育の題材として仕立て上げたものの総称である。
一方で、ケーススタディとは、ある問題の具体例を詳しく分析して、一般的な真実を導き出す研究方法である。

・ケースメソッド
ケースメソッドでは、現実に起こった『事例』を使って、意思決定の問題を生徒に考えさせることにより、理論やセオリーを現実の世界でどのように役立てたり、応用させたりできるのかを学ばせることができる。レクチャーで学ばせるよりも、「理解させる」「記憶させる」ことに優れている。

・なぜビジネス教育にケースメソッドを適用するのか
ビジネス教育においては、自分の置かれている状況をどのように捉え、解釈し、対応するかというPDCAサイクルを適切に回す実践力が求められている。ケースメソッドは、こうした実践力を訓練することに適した教育メソッドである。

・良いケースの条件
良いケースは次のようなポイントを持っている。
1.目的にあった教育主題を持っている
2.話の展開が優れている
3.受講者に問題提起していて、受講者はそれが容易に認識できる
4.受講者自身が分析・考察することができる内容である
5.受講者が意思決定者になりきることができる内容である
6.議論をかもしだす内容である

・ケース制作のきっかけ
制作するケースの対象が先に決まっている場合、探索効率が良く、調査を進めていくうちに、当初想定していた論点がその事例では議論できないとわかっても、これまでの調査の中から議論するのにふさわしい代わりの論点を用いてケースを再構成すれば良いので、これまでの活動が無駄になることが少ない。

・公開情報調査と個別調査
一般公開情報のみでケースを作成することが可能な場合もあるが、個別調査を行うことで、現実に起こっていることをよりリアルに描くことが可能になる。

・調査の実施
ケース作成における調査方法としては対象者に対するインタビューが主たる方法となる。ただし、構造化されたインタビューを実施することはなく、現場のリアリティを引き出すために、半構造化インタビューや非構造化インタビューを実施することになる。

・ケースの構成と書く順序について
学習者が効率的・効果的に学習することを目指して作られたケース教材の多くは、下記のような順序で構成されている。
1. テーマ的なリード文
2.そこに至る時系列項目と詳述すべき主要項目
3.主人公の意思決定課題
4.補足資料

・ケースのチェックについて
ライティングケースは以下の項目をチェックする必要がある。
1.テーマ選定
2.教材としての妥当性
3.記述内容
4.文章表現
5.形式

・ケースの試運転
完成したケースはケースメソッドを実施する授業で使用されることにより始めてその価値が発生する。授業でよいパフォーマンスを発揮するためには、そのケースが学習者によいディスカッションを促すものであるか否かを試してみることが重要である。

ティーチングノート
ティーチングノートとは、ケースライターが意図を持って制作したケースを他の利用者に共有するためのツールである。

・ケースの使用許可
個別調査を行った上で制作したケースの場合、最終的に情報提供者からケースとして使用許可を取り付ける必要がある。

・ケースの登録
使用許可を取り付けたケースはケースメソッドの実践用教材として日の目を見ることが可能になる。また完成したケースは日本ケースセンターなどに登録することができる。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『ケース・スタディの方法 』第6章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter6, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第6章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディ・リポートの作成
研究者が陥りやすい最大の誤りは自己中心的なレポートを作成してしまうことである。この誤りを避けるためには、まず、オーディエンスを識別しておくべきである。次に、オーディエンスとのコミュニケーションに成功した過去のケース・スタディ・リポートを検討すべきである。

ケース・スタディの書面の形式は大きく分けて以下の4種類ある。
1.典型的な単一ケース・スタディ
2.典型的な単一ケース・スタディの複数版
3.複数ケース・スタディあるいは単一ケース・スタディのいずれかが扱われるが伝統的な叙述がなされないもの
4.複数ケース間の分析から構成されるもの
なお、これら4つの書面の形式については、ケース・スタディの設計中に識別しておくべきである。

また、ケース・スタディ・レポートには以下の6つの例示的構造が存在する。
1.線形分析構造:研究課題、文献レビュー、方法、結論等を線形に示したもの
2.比較構造:同じケースについて代替的な記述や説明の比較がなされたもの
3.年代記構造:ケース・スタディの証拠を年代順に示したもの
4.理論構築構造:何らかの理論構築論理に従ったもの
5.サスペンス構造:結論や解答から提示されたもの
6.非連続構造:順序に重要性を持たないもの

そして、ケース・スタディには以下の3つの重要な手続きがある。
1.分析過程の初期にリポートの作成を始めること
2.ケース全体を実名にするか否かと、ケースに登場する個人を実名にするか否かということ
3.ケース・スタディ・リポートの草稿をレビューしてもらうこと

最後に何が模範的なケース・スタディかということであるが、これには以下の5つの指標がある。
1.重要なトピックを扱っていること
2.完全であること
3.代替的な視点を考慮していること
4.十分な証拠を示していること
5.魅力的であること

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『ケース・スタディの方法 』第5章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter5, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第5章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディの証拠の分析
ケース・スタディ分析の準備についての第1の戦略は、ケース・スタディにつながった理論命題に従うことであり。第2の戦略は、ケース・スタディを体系化するための記述枠組みを開発することである。

ケース・スタディ分析の一般戦略の一部として用いるべき分析方法には、4つの主要な技法(パターン適合、説明構築、時系列分析、プログラム論理モデル)と、3つの主要でない技法(部分的分析単位の分析、反復観察、ケース・サーベイ・アプローチ)が含まれる。

このうち主要な技法は以下の4つである。
1.パターン適合:予測されたパターンと経験に基づくパターンを比較するもの
2.説明構築:ケースに関する説明を構築することによって分析するもの
3.時系列分析:問題を経時的に検討するもの
4.プログラム論理モデル:独立変数と従属変数間の主要な因果パターンと、時系列分析を組み合わせたもの

次に、主要でない技法は以下の3つである。
1.部分的分析単位の分析:ケース自体よりも小さな単位の分析がケース・スタディ設計に含まれるもの
2.反復観察:同じセクションにおける反復だけでなく、異なるセクションにおける反復をも分析するもの
3.ケース・サーベイ・アプローチ: 膨大なケース・スタディのケース間分析のアプローチ
なお、以上3つの主要でない技法は、不完全な分析アプローチである。完全なケース・スタディ分析を行うためには、主要な技法と主要でない技法を組み合わせて用いる必要がある。

また、質の高い分析を実現するためには、以下の4つの原則に従う必要がある。
1.関連する全ての証拠に依拠する
2.主要な全ての対立解釈を含める
3.ケース・スタディの最も重要な側面に取り組む
4.先験的な研究を含める

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉