『ケース・スタディの方法 』第4章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter4, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第4章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディの証拠の収集
ケース・スタディの証拠には以下の6つがある。
1.文書
2.記録資料
3.面接
4.直接観察
5.参与観察
6.物理的人工物

各証拠源の強みと弱みは以下の通りである。
1.文書
強み
・繰り返し参照できる
・ケース・スタディの結果として作成されたものではない
・名称、参考文献、事象の詳細を正確に含む
・長期間、多事象、多くの状況を含む
弱み
・見つけ出すことが難しい
・選択バイアスが存在する
・報告バイアスが存在する
・アスセスできないことがある

2.記録資料
強み
・(文書と同じ)
・正確で定量
弱み
・(文書と同じ)
・プライバシーに依存するアクセス

3.面接
強み
・ケース・スタディのトピックに焦点がある
・認知された因果の推論と解釈を提供できる
弱み
・問題が適切に構成されてないことによるバイアス
・反応のバイアス
・思い出せないことによる不正確さ
・面接者が聞きたいことを被面接者が答える

4.直接観察
強み
・実際の時間で事象を扱う
・ケースの文脈を扱う
弱み
・時間がかかる
・幅広く扱うことができない
・観察されることによって進行が変化する可能性
・時間がかかる

5.参与観察
強み
・(直接観察と同じ)
・対人行動とその動機に関する洞察に富む
弱み
・(直接観察と同じ)
・観察者が事象を操作することによるバイアス

6.物理的証拠
強み
・文化的特徴への洞察に富む
・技術的行動への洞察に富む
弱み
・選択性
・利用可能性

以上、6つの証拠源を収集するためにはそれぞれに異なるデータ収集方法を習得する必要がある。なお、訓練を積んだケース・スタディの研究者はそれぞれのデータ収集方法に精通した知識を持つか、必要な専門知識を持つ仲間やケース・スタディ・チームのメンバーとして活動できる同僚を持っておく必要がある。

ケース・スタディを行う場合には、データ収集の3つの原則に従うことで、以上の6つの証拠源から最も大きな恩恵を受けることが可能になる。また、データ収集の3つの原則に従うことで、ケース・スタディで明らかにしたいことが本当に測れているかという構成概念妥当性と、同じ研究を繰り返して同じ結果が得られるかという信頼性の問題が扱い易くなる。

この3つの原則は以下の通りである。
1. 複数の証拠源の利用
2. ケース・スタディ・データベースの利用
3. 証拠の連鎖の利用

以下、各々の原則について見ていく。
1. 複数証拠源の利用
この原則は、2つ以上の源泉からではあるが、同じ事実あるいは発見物に収斂する証拠を利用するものである。複数の証拠源を用いることから得られる最も重要なことは、ケース・スタディの発見物や結論が立証的ないくつかの情報源に基づいている場合に、説得力が増す点にある。ケース・スタディのデータ収集の大きな強みは多くの様々な証拠源を利用できる機会を持つことができることにある。また、ケース・スタディでは、複数の証拠源を利用する必要性が他のリサーチ戦略に比べてなるかに高いという特徴がある。

2. ケース・スタディ・データベースの利用
この原則は、最終的なケース・スタディ・レポートとは異なる証拠の集合体(データベース)を利用するものである。なお、ここでいうデータベースとは、ケース・スタディ・ノート、ケース・スタディ文書、表資料、叙述の4つの要素から成る。こうした要素から成るデータベースを開発することで、ケース・スタディ全体の信頼性を高めることが可能になる。

3. 証拠の連鎖の利用
この原則は、問われた問題、収集されたデータ、導き出された結論との間の明示的な結びつきを利用するものである。この原則に従うことで、研究の手続きとその結果明らかになった証拠を相互に参照することが可能になり、ケース・スタディのある部分から他の部分に移行することが可能になる。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『ケース・スタディの方法 』第3章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter3, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第3章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディの実施(データ収集の準備)

ケース・スタディの準備には大きく以下の4つがある。
1.ケース・スタディ研究者の事前の能力
2.特定のケース・スタディのための訓練と準備
3.ケース・スタディプロトコルの開発
4.パイロット・ケース・スタディの実施
質の高いケース・スタディを実施し、それを管理するためには、これら4つの事項の全てを適切に遂行する必要がある。

1.ケース・スタディ研究者の能力
どのような人が優れたケース・スタディ研究者になる傾向があり、どのような人がそうではないかということを確定するテストはない。しかし、一般に必要とされる能力の基本的なリストとしては以下の5つを挙げることができる。
(1)すぐれた問題を問い、その回答を適切に解釈できること
(2)すぐれた「聴き手」であり、先入観やイデオロギーによるバイアスをかけないこと
(3)新たに直面した状況を脅威ではなく、機会を見なすことができる適応性や柔軟性を持つこと
(4)研究中の課題をしっかりと把握し、関連する事象と追求すべき情報に管理可能な程度で焦点をあてることができること
(5)対立する証拠に対して敏感に反応でき、あらかじめ想定した見解によるバイアスをかけないこと

2.特定のケース・スタディの訓練と準備
ケース・スタディ研究者が一人しかいない場合、ケース・スタディ調査の訓練は事実上、研究問題を定義し、ケース・スタディ設計を開発することから始まる。
しかし、以下の条件のうち1つでも満たす場合にはケース・スタディ調査は複数の研究者に頼る必要がある。
(1)単一ケースにおいて同じ場所で集中的にデータを収集する「チーム」が必要とされる場合
(2)ケース・スタディに複数のケースが含まれており、異なる研究者が各自の場所を担当したり、場所を交換したりする必要がある場合
(3)以上2つの条件が組合わさった場合
複数の研究者でケース・スタディを実施する場合には、一人の研究者で調査を実施する場合以上に、実際のデータ収集に先立って公式に訓練と準備をしておくことが必要になる。

3.ケース・スタディプロトコル
ケース・スタディプロトコルはケース・スタディの信頼性を高めるための主要な戦術であり、その目的は研究者がケース・スタディを実施する際の指針を与えることである。
なお、ケース・スタディプロトコルには以下の項目が必要になる。
(1)ケース・スタディ・プロジェクトの概要
(2)フィールド・リサーチの手続き
(3)ケース・スタディの問題
(4)ケース・スタディ・リポートの指針

4.パイロット・ケース・スタディの実施
パイロット・ケース・スタディはデータの内容と従うべき手続きという点で、研究者がデータ収集プランを洗練するために役立つ。ここでいうパイロット・テストは研究者が関連する問題を開発することに役立ち、リサーチ設計の概念を明確にするために役立つものである。このパイロット・テストと似て非なるものに事前テストがある。事前テストでは計画されたデータ収集プランは最終テストにおいて忠実に利用されることになる。

ケース・スタディの準備についての専門的知識は実践を重ねることによって向上する。複雑なケース・スタディを試みる前には、比較的簡単なケース・スタディを完成させることによって、調査の管理可能性を高めることができる。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『ケース・スタディの方法 』第2章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter2, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第2章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディを実施するためには、他のリサーチ研究をする時と同様に、リサーチ設計が必要になる。ここでいうリサーチ設計とは、設定した問題意識に答えるためにデータを収集し結論に到達するためのプランである。
リサーチ設計は、1.研究問題、2.命題、3.分析単位、4.データを命題に結びつける論理、5. 発見物の解釈基準、という5つの構成要素から成る。
ケース・スタディにおいては、「どのように」、「なぜ」という問題を設定し、説明すべき命題を設定する必要がある。また、対象とする分析単位を設定し、どういうパターンが命題を説明することに適しているかということや、異なるパターンと実際の観測値がどれほど対照的であるかということを示す必要がある。
研究ではその適用範囲が明確な理論命題を持ち、収集すべきデータとデータを分析するための戦略を決めておく必要がある。
なお、ケース・スタディの結果を理論に一般化するためには、「統計的一般化」というサンプルから母集団に関する推論を行う方法ではなく、「分析的一般化」という追試の論理を用いる必要がある。
ケース・スタディのリサーチ設計の質を確保するためには、1.構成概念妥当性、2.内的妥当性、3.外的妥当性、4. 信頼性という4つのテストを実施することが有効である。
このうちまず、構成概念妥当性とは、事象を説明する尺度が予め特定できているかということであり、内的妥当性とは、ある事象の因果関係が適切に説明できているのかどうか、外的妥当性とは、個別のケース・スタディによる発見物が一般化できるかどうか、そして、信頼性では同じ方法を用いた研究を実施すれば、同じ研究結果が得られるか否かを問題とする。
ケース・スタディの設計は単一ケース設計と複数ケース設計に分けることができ、これらのケース・スタディ設計はそれぞれ全体的ケース設計と部分的ケース設計に分けることができる。
このうち、単一ケース設計では、特定の理論命題が正しいか否かを特定する場合や、ケース自体がユニークである場合、または、科学的な研究がなされていない新事実のケースの場合に用いられる。なお、単一ケースを設計・実施する場合には、その分析単位を定義する必要がある一方で分析単位に過度の関心が向けられる場合には、ケースのより大きな側面が見過ごされてしまう事に注意しなければならない。
単一ケース・スタディと複数ケース設計にはそれぞれに長所と短所がある。
このうち、複数ケース・スタディの長所は、複数のケースによって事実や理論を追試できることにある。
ケース・スタディ設計は研究の始めにだけ考えれば良い問題ではない。当初の設計に誤りがあることが分かれば、設計自体を見直すこともあり得る。しかし、研究者自身が自分の研究の理論や関心さらには目的などをかえることによって、研究の発見物をケースに合わせて変えることがあってはならない。前者の変更はたとえば、実験を実施することが判明できない場合に、その実験を変更することとかわりないが、後者の変更は研究結果に合わせて都合よく研究目的を変更する行為であり、不合理なものである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『ケース・スタディの方法 』第1章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter1, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第1章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディは社会科学調査のいくつかある方法のうちの一つにすぎない。
社会科学調査法は、ケース・スタディの他にも、実験、調査、資料分析、歴史などの方法がある。そして、これらの調査法はそれぞれに長所と短所を持ち、それぞれに異なる様々な特徴を持っている。
このうち、以下では特にケース・スタディを取り上げて説明するが、社会調査法の一つとしてのケース・スタディは以下のような特徴を持っている。
この調査法は、第1にある現象と文脈の境界が明確でない場合に、その現実の文脈の中で起こる事象がどのようであるかということをありのままに記述することに適している。
第2に現実の諸現象間の因果関係を説明し、ある現象が特定の文脈の中でなぜ発生したのかということを説明することに適している。
第3に文脈に依存する現象を説明するために必要となる変数を予め制御しておく必要がないことに特徴がある。実験などの調査法を用いて諸現象間の因果関係を説明する場合には、その現象を説明するために必要な変数を予め制御することによって、扱う変数をごく少量に抑えた研究の設計をするが、ケース・スタディにおいては多くの変数を同時に扱うことが可能である。
第4にある現象を説明するために必要となる変数が全て出そろっていない場合には、三角測量的な手法や、既に確立した理論や大前提等を用いた演繹的な手法を用いて不足する変数などを導き出せる点に特徴がある。
第5に現実の文脈における現在の事象に焦点がある場合にケース・スタディは適している。ケース・スタディは文脈に依存する現象を記述したり、説明したりすると言う意味では歴史研究に似たところが多い。しかし、歴史が扱うのは過去の事象であり、現在の事象ではない。
ケース・スタディにはこのような特徴がある。
もっとも、特定の研究において唯一無二の調査方法が明確に確定することはほとんどない。実際にはこれらの調査方法は多元的に考慮する必要がある。こうした調査方法は多くの場合かなり重複する部分があるとともに、またその一方で完全に理想的な調査方法が存在しない場合もある。さらに、ある調査法よりも実際には別の調査法を用いた方が有益な結果を得ることが期待できるといった調査方法の選択の誤りが存在している場合も多い。
したがって、ある調査を行おうと考える場合には、社会調査法としての、実験、調査、資料分析、歴史、ケース・スタディなどのそれぞれの方法の違いをきちんと理解し、調査に適した方法が選択できるように、これらの調査法を多元的に捉え、より理想的な調査法を選択できるようになるべきである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『公共性の構造転換 : 市民社会の一カテゴリーについての 探究 第二版 』

Habermas, Jurgen, ”Strukturwandel der Offentlichkeit: Untersuchungen zu einer Kategorie der burgerlichen Gesellschaft,” Luchterhand, 1979, c1962.(邦訳:細谷貞雄・山田正行『公共性の構造転換 : 市民社会の一カテゴリーについての 探究 第二版 』未来社,1994年.)

【要約】
貴族と知識人は文芸の発達にともなって公共の場で文芸について討議するようになった。
こうした文芸についての議論はやがて、それまで文化の消費者でしかなかった市民の間でもなされるようになった。
また、貴族、知識人、そして市民の間での討議は、文芸の世界だけに留まらず、 政治に関するものまでが討議の対象となっていった。
このような討議形態の下において、人々は国家の統治者による支配から、真理に基づく法による支配を訴求するようになった。そして、法による支配に下で、とりわけ有産階級の人々が求めたのが、私的財産権の保障であった。
しかし、現実には私有財産を持つ私人は国家を構成する私人のごくわずかであり、無産階級の人々の国家に対する影響力は依然として限定的なものでしかなかった。
ところが、無産階級の人々は、政治的働きかけを通じて、国家に対する影響力を獲得するようになった。
そして、無産階級の人々の国家に対する影響力が強くなってくると、国家は、そのような無産階級の人々の求めに応じて、私人間のやりとりに積極的に介入し、私人の所得の再分配の実施を通じて、無産階級の人々の権利を保障するようになった。また、国家のこうした福祉的な政策は、国家だけでなく、公的な色合いを帯びる組織によっても実施されるようになった。そして、このような福祉の社会化の進展によって、私的領域と公的領域の区別が曖昧なものとなってきた。
さらに、かつて国家が実施していた政策の社会化の流れは、福祉だけに及ばす、メディアにも大きな影響を及ぼすようになってきた。つまり、それまでは世論を形成する媒介としての機能を果たしていたメディアが積極的に世論に働きかけ、人々の意識を惹き付けることで世論に対して支配的な影響を及ぼすようになってきたのである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『社会科学のリサーチ・デザイン―定性的研究における科学的推論』第6章

King, Gary., Keohane, Robert O. and Verba, Sidney. Designing Social Inquiry: Scientific Inference in Qualitative Research, Chapter6, Princeton University Press, 1994.(邦訳:真渕勝訳『社会科学のリサーチ・デザイン―定性的研究における科学的推論』第6章, 勁草書房, 2004年.)

【要約】
第6章 観察の数を増やす
研究課題に対するてこ比を最大化することがきわめて重要である。そのためには、理論の観察可能な含意を可能なかぎり多く考え出し、その含意について観察を行うことである。一見、単一の事例を扱っている研究であっても、分析のレヴェルを変えてみれば、実際には、現在検討中の理論にとって有益な、多くの観察を含んでいる可能性がある。

第1節
1.
単一の観察による研究は仮説や理論を検証するためには有効ではない。しかし、たとえすべてに関連する変数の観察が一つしかない「純粋な」単一観察研究であったとしても、それが調査の一部をなすのであれば、因果的説明を検証するうえで役に立つ。というのは、その観察を、他の研究者が集めた別の単一の観察と比較すれば、もはや単一観察による研究ではなくなるからである。
2.
比較分析は、もしかりにそれらの観察のなかに現在の調査対象とあまり一致していないものが含まれていてもその結合は可能なので、比較分析はつねに類推と同程度にはすぐれていて、普通は類推よりもすぐれている。

第2節
理論や仮説を検証するために必要な観察の数は、根本的に存在する変動や、推定の不確実性、説明変数間の共線性、原因変数の分散に依存し、その値は研究設計によって違ってくる。

第3節
理論や仮説を検討するために、より多くの観察を、欲しいと思うならば、手に入れる方法は三つある。同じ指標で追加的な観察単位を観察すること、同じ観察単位を扱うが指標を変えること、そして、観察単位も測定も変えることである。
1.
同じ測定を用いて追加的な観察を行うのは、観察の数を増やす場合の常道である。理論が描く過程の観察可能な実例をより多く見つけるための手法には、大きく分けて二つある。すなわち、「空間を通じて」及び「時間を通じて」の変動を分析することである。
2.
観察単位は同じにしておき、従属変数を変えることによって、理論あるいは仮説を検証するための追加的な実例をつくることができる。このアプローチは、同じ原因から生じる様々な効果を確認することでもあり、仮説を検証するための強力な技術である。
3.
手元にある観察単位の独立変数と従属変数を捨てて、新しい変数と新しい観察単位を含む別の観察可能な含意に向かうという方法もある。元の仮説から派生しているが、本質的に新しい仮説を検証するために、それまで使っていたのとは全く異なる測定値を使うのである。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉

『社会科学のリサーチ・デザイン―定性的研究における科学的推論』第5章

King, Gary., Keohane, Robert O. and Verba, Sidney. Designing Social Inquiry: Scientific Inference in Qualitative Research, Chapter5, Princeton University Press, 1994.(邦訳:真渕勝訳『社会科学のリサーチ・デザイン―定性的研究における科学的推論』第5章, 勁草書房, 2004年.)

【要約】
第5章 何を避けるべきか
確定的な研究設計をつくったならば、そのつぎに、非有効性とバイアスという二つの重要な問題に注意する必要がある。バイアスがない(不偏性)とは、正しい推定値が中心にくるように区画が設定されていることであり、有効性とは区間(幅)をより狭く設定することを意味する。

第1節
従属変数における非体系的な測定誤差はバイアスの原因にはならないが、有効性を低下させる。一方で、鍵となる説明変数の非体系的な誤差は、つねに推論に予想可能な方向のバイアスをもたらす。これらのバイアスの性質を理解しておけば、バイアスを軽減したり、さらに排除するのに役立つだろう。
1.
体系的な測定誤差がすべての観察単位に同じだけ影響を与えるならば、因果的推論にバイアスは生じない。
2.
(1)従属変数における非体系的あるいはランダムな測定誤差は、因果的効果の推定にバイアスを生じさせることは通常ない。しかし、それは有効性が低くて不確実な因果的効果の推定を導き出す。
(2)従属変数における非体系的な誤差と同じく、説明変数におけるランダムな誤差もまた、因果的効果の推定を不確実にし、その有効性を低下させる。しかし、説明変数におけるランダムな誤差は、不確実性や非有効性とは別に、従属変数の誤差の場合とはまったく異なるもう一つの帰結をもたらす。つまり、たとえ説明変数と従属変数の間に本当は因果関係があっても、説明変数にランダムな誤差があると、因果関係を示す値は減少し、因果関係があることが隠れてしまうことがある。

第2節
1.
研究の出発点は、理論志向的なモデルでなければならない。なぜなら、理論モデルなければ、変数無視のバイアスを発生させるか、くだらない研究設計で研究するかのいずれかに直面する危険があるからである。
2.
研究に変数無視のバイアスが存在することがわかったからといって、仮説を全面的に否定する必要はない。しかし、変数無視のバイアスの明白な原因となる変数のいくつかを制御しておけば、そうしない場合より、より強く確信のある研究を行うことができるはずである。

第3節
たとえ制御変数が従属変数に対して何の因果的効果をもたないとしても、鍵となる説明変数が有意でない制御変数と相関すればするほど、その変数の因果的効果の推定の有効性は低下する。

第4節
内生性とは、説明変数の値が、従属変数の原因ではなく、結果であることである。真に実験的な操作ができれば、因果関係の方向は一目瞭然となろう。だが定性的研究にせよ定量的研究にせよ、内生性の問題は多くの研究分野につきまとう深刻な問題である。
1.
内生性の問題によって生じるバイアスが避けられないとしても、バイアスの方向を知ることや、正しい推論の上限あるいは下限がどの辺りにあるのかを知ることによって、まったくバイアスのない推論も行える場合もある。
2.
内生性に起因するバイアスを回避するためには、従属変数の概念を再構成して、それ自体の中の従属的な部分と説明的な部分とに分けることである。
3.
内生性の問題を変数無視のバイアスの問題に転換することによって、必要であるにも関わらず無視された変数を明確に測定し、それを制御することができるので、問題をうまく扱えるようになる。
4.
内生性の問題によって生じるバイアスを避けるためには、一般的な内生性の問題を個々の変数無視のバイアスの問題に転換し、バイアスの原因となる変数が作用していない観察を探し出すことが有効な場合がある。
5.
内生性に起因するバイアスを除去するためには、内生変数であるかもしれない説明変数を二つの部分、すなわち明らかに外生的な部分と少なくとも部分的には内生的な部分に分割すべきである。そしてそのあとで、因果的分析をするためには説明変数の外生的な部分のみを分析に利用するのである。

第5節
観察を無作為に選択しない場合には、先行する研究、鋭敏な推測、他の研究家の判断など手持ちの観察に関する既存の知識を参考にして、バイアスの発生や有効性の低下を避けるような観察を選んだり、説明変数の値を割り当てたりしなければならない。もし、バイアスが避けられないなら、少なくともバイアスの方向やおおよその大きなを知るように努めるべきである。

第6節
因果的推論を試みる研究者はつぎの二つの方法のいずれかで、事例を選択することができる。第一は観察の無作為の選択と変数の値の無作為の割り当てであり、nが大きい研究において有効である。第二は観察の意識的な選択であり、nが小さいときに有効である。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉