『ケース・スタディの方法 』第3章

Yin, Robert K. Case Study Research: Design and Methods, 2nd ed., Chapter3, Sage, 1994.(邦訳:近藤公彦『ケース・スタディの方法 』第3章, 千倉書房,1996年.)

【要約】
ケース・スタディの実施(データ収集の準備)

ケース・スタディの準備には大きく以下の4つがある。
1.ケース・スタディ研究者の事前の能力
2.特定のケース・スタディのための訓練と準備
3.ケース・スタディプロトコルの開発
4.パイロット・ケース・スタディの実施
質の高いケース・スタディを実施し、それを管理するためには、これら4つの事項の全てを適切に遂行する必要がある。

1.ケース・スタディ研究者の能力
どのような人が優れたケース・スタディ研究者になる傾向があり、どのような人がそうではないかということを確定するテストはない。しかし、一般に必要とされる能力の基本的なリストとしては以下の5つを挙げることができる。
(1)すぐれた問題を問い、その回答を適切に解釈できること
(2)すぐれた「聴き手」であり、先入観やイデオロギーによるバイアスをかけないこと
(3)新たに直面した状況を脅威ではなく、機会を見なすことができる適応性や柔軟性を持つこと
(4)研究中の課題をしっかりと把握し、関連する事象と追求すべき情報に管理可能な程度で焦点をあてることができること
(5)対立する証拠に対して敏感に反応でき、あらかじめ想定した見解によるバイアスをかけないこと

2.特定のケース・スタディの訓練と準備
ケース・スタディ研究者が一人しかいない場合、ケース・スタディ調査の訓練は事実上、研究問題を定義し、ケース・スタディ設計を開発することから始まる。
しかし、以下の条件のうち1つでも満たす場合にはケース・スタディ調査は複数の研究者に頼る必要がある。
(1)単一ケースにおいて同じ場所で集中的にデータを収集する「チーム」が必要とされる場合
(2)ケース・スタディに複数のケースが含まれており、異なる研究者が各自の場所を担当したり、場所を交換したりする必要がある場合
(3)以上2つの条件が組合わさった場合
複数の研究者でケース・スタディを実施する場合には、一人の研究者で調査を実施する場合以上に、実際のデータ収集に先立って公式に訓練と準備をしておくことが必要になる。

3.ケース・スタディプロトコル
ケース・スタディプロトコルはケース・スタディの信頼性を高めるための主要な戦術であり、その目的は研究者がケース・スタディを実施する際の指針を与えることである。
なお、ケース・スタディプロトコルには以下の項目が必要になる。
(1)ケース・スタディ・プロジェクトの概要
(2)フィールド・リサーチの手続き
(3)ケース・スタディの問題
(4)ケース・スタディ・リポートの指針

4.パイロット・ケース・スタディの実施
パイロット・ケース・スタディはデータの内容と従うべき手続きという点で、研究者がデータ収集プランを洗練するために役立つ。ここでいうパイロット・テストは研究者が関連する問題を開発することに役立ち、リサーチ設計の概念を明確にするために役立つものである。このパイロット・テストと似て非なるものに事前テストがある。事前テストでは計画されたデータ収集プランは最終テストにおいて忠実に利用されることになる。

ケース・スタディの準備についての専門的知識は実践を重ねることによって向上する。複雑なケース・スタディを試みる前には、比較的簡単なケース・スタディを完成させることによって、調査の管理可能性を高めることができる。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 川村真哉