『市場・知識・自由』

Hayek, F. A., The Use of Knowledge in Society, The American Economic Review, Vol. 35, No. 4, 1945, pp. 519-530.(邦訳:田中真晴・田中秀夫編訳『市場・知識・自由』第2章「社会における知識の利用」, ミネルヴァ書房,1986年,52-76ページ.)

【要約】
経済の問題を解決しようとする場合、完全な情報を持っている人が存在すれば、その問題は解決できると考えることがある。しかし、一人の人間に対して完全な情報が与えられることはない。
経済問題を解決するには、全ての人々の間に分散している知識を利用する最良の方法を創りだすことが必要になる。少数の専門家が解決できる問題は、大きな問題のほんの一部にすぎない。
したがって、人々が生活するなかで身につけた、人々についての知識、地域の状態についての知識、特殊な情況についての知識を活用することによって、経済問題を解決することが必要である。
専門家は統計的情報に基づいて経済計画をすることが多い。しかし、実際には時と場所によって特別に考慮しなければならない情況が数多く存在する。
したがって、専門家は現場に存在する諸々の事情を考慮することができる余地を残した経済計画を立てることが必要になる。
人々が問題を解決するためには、経済問題発生の因果関係について詳細にわたって認識しておく必要性は高くない。なぜなら、現場の人々は価格システムという媒介を通じて、その時、その場所の経済情況を知ることができるからである。具体的には、人々はモノが値上がりすれば、それを購入することを控えるようになるし、モノが値下がりすれば、それを積極的に購入するようになる。人々はこうした価格システムに基づいて、世の中の資源のバランスに応じた行動するようになる。
市場では、専門家がその市場を見渡し経済をコントロールしているのではなく、人々が複雑な事を考えることなしに行動することによって、資源のバランスがコントロールされているのである。
専門家の問題解決手法は現場の決定が行われる前の予備的な作業にすぎない。経済問題解決の手法は、部分的な知識しか持たない人々の相互作業に基づいて問題の全体が解決されるようなものでなければならない。

慶應義塾大学総合政策学部 川村真哉